サンパウロ出張記〜その1 一番役に立ったのは英語でもプログラミングスキルでもなく、ストレス耐性である。

2012年11月から12月末まで、ブラジルはサンパウロに出張に行っていました。

日本でやっていたWebサービスを、ブラジルの会社とジョイントベンチャー形式でブラジルでローンチすることを目標に、ブラジルで展開するためのローカライズと現地スタッフとの関係性構築をミッションに、一人ブラジルへ乗り込む。

入社以来、いや入社する前からずっと海外で仕事したいと言い続けていた。
時にはシリコンバレーベンチャーやVCに訪問して、ベンチャーのメッカ、シリコンバレーの雰囲気を肌で感じたり(その時のエントリー⇒シリコンバレー旅行記)、
シンガポール旅行に行った時も、現地で化粧品のEコマース会社を経営されている方や、ソーシャルゲーム開発ディレクターに話を聞いたり、(その時のエントリー⇒海外でwebサービス展開する際に・・・)、
と自分なりに海外で働いたり、海外のインターネット市場に対する考察を進めてきたつもりである。

webサービス展開するにローカライズが重要だけどその具体的事例思いつきます?と問いかけておいて、その後自分がwebサービスのブラジル向けローカライズを担当することになるとは、この頃は知る由もなかったのだが(^^;

日本で展開しているWebサービスの内容は変えずに、なるべく早くブラジルでサービスをローンチさせる、という方針であった。ローカライズの具体的な作業としては、

1.Webページにある全日本語をポルトガル語へ置き換え作業
2.ブラジル向けの項目の追加、削除

の二つのステップがある。

1のWebページにある全日本語のポルトガル語への置き換え作業。恐らく日本の多くのWebサービスは構築時に、海外展開する事を前提に設計されていない方が多い。
そうすると問題になるのが、いたるページに日本語がベタ書きで鏤められてあり、これを全部探し出すので軽く泣けるくらいの作業量がある。
ファイルの数だけ日本語が鏤められるので、100ファイルあれば100ファイル分を片っ端から黙視で見て行く必要がある訳で、今後はHTMLソースのへの日本語ベタ書きはやめて、関数化して言語クラスや言語のまとめファイルに一元化しなければ、とても管理しきれなくなる。

2のブラジル向けの項目の追加、削除では、例えば会員登録のフロー一つをとっても、郵便番号の違いや日付表示の違い(日本はyyyy/mm/dd形式、ブラジルはdd/mm/yyyy形式)などが多分にあり、全機能を一つずつレビューしていく。
機能の開発は日本側に依頼したり時には自分で開発したり、Webサイトのデザインは現地のデザイナーにやってもらったり、と仕事を割り振っていく。
ここで一番苦労したのが、サービス開発に関するスタンスの違い。私も含めて日本側は「多少ソースは汚くても、機能的に完全じゃなくてもある程度動くものを作ってローンチしようぜ」っていうスタンス。
一方、ブラジル側は「ソースを奇麗に、機能は完全にしてからローンチしようぜ」っていうスタンス。
このスタンスの違いが、機能のレビューを行ってからタスクリストの作成をするときに顕著に反映される。

「これ今やるべき?いや、今じゃないだろ。いや、こんな状態でお客さんには見せれない・・・いや、お客さんは1月にはもう使いたいって行ってるのだから全部やってる余裕はない。」みたいなやりとりが英語で延々と続き、全く進まなかった。

正直もうめんどくさいと思う事も多々あったが、海外で仕事をする以上多様性は避けられない。
で、ここでふと、「コミュニケーションの質は、相手から得たい反応が得られるかで決定する。」というバリューマネジメント李氏の教えが頭を過る。土壇場で思い出すのは、やっぱり深く印象に残っている言葉だ。
同じ言葉を使っている場合でも互いに同じ言語をしゃべっていないように思えることがあるなかで、お互いに母国語でない言語でコミュニケーションするのは難しいに決まってる。その差異を橋渡しするのが専門性、人間性、返報性、一貫性だったり、言葉や行動だったりする訳で。

日本のWebサービスをグローバルに展開するチャンスに恵まれ、意気揚々とブラジルに行ってみたはいいもののいざやってみたら空中分解、じゃ格好悪すぎるし、何よりユーザーにとっていいサービスを作りたいと思うのはお互い一緒なはず。だからめんどくさいと思うのでなく、なぜ相手がそういうのかを理解しよう、と。

お陰で少しずつ差異は埋まってきた感じがして、最後はローンチまでのタスクリストを共有して、お互い作業を頑張りましょう、ってところまでは持って行けた。

実際に海外で働いてみると、自分の中で一番役に立ったのは英語が話せることでもエンジニアとしての経験やスキルがあったことでもなく、ストレス耐性だったように思う。言語の壁や開発に対するスタンスの違いに遭遇しながらも、言葉を変え、行動を変え、今出来る事を粛々と進めて行く、おまけに日本人は自分一人というのは意外とストレス負荷が高い。が、それなしにはこの事業は進まない。

そんなかんなで最後はブラジルのエンジニアにも手伝って貰いながら、何とか来年1月にはα版としてサービスローンチできそうです♪